2016年11月13日日曜日

”フォロワーズ(The Followers)”の話(後篇)(1)『ドン・カルロスの教え』(30)

The Followersは、ほこりまみれのヒュンダイをSpalding Mortuary(スポールディング霊安室)の前の道路に停めた。

Culver Cityの東にある衰退した工業地域にある目立たないレンガ仕上げのビルだ。

 

1998年6月22日、月曜日、朝10時だった。太陽はまぶしいが気温は低く感じた。Greg Mamishianは、かつてはカルロスのものだったコーデュロイの上着を着ていた。(簡略)

ここ二年間、Gregと妻のGabiは、カルロスを追っていた。
カルロスの住居の外で何百時間も見張っていた。

ナワール(カスタネダのこと)や仲間たちが出かける後をついていきパーティや映画やセミナーなどを見張った。時間のある限りビデオで撮影し、カルロスたちが捨てたゴミを集め分別した。カルロスの生活の文化人類学的に研究のつもりだった。

この活動で彼らは偉大な男と彼の仲間たちについてたくさんのことを学んだ。

そして自分たちのことも学んだ。あらゆるカップルには共通の趣味が必要だ。奇妙な趣味だったが、カルロスは彼らのものだった。

激怒するChacmolにゴミ集めを見つかった魔法のような夏のできごとからすでに9カ月も過ぎていた。

クリアグリーンの女性(Chacmol)にもうこのようなことはしないと約束したので警察には届けられずにすんだ。だが、我慢は一週間も続かなかった。彼らは活動を一新しさらに熱心に取り組むことにした。

ゴミ漁りは、夜中の3時にすることにし、以前どおり順調にこなした。自分たちでThe Followersと名付けたチームは活動を再開した。

そして、1998年の2月、いつもの場所で見張っているとChacmolの一人の車、青のFord Crown Victoriaがパンドラ通り側の門のところに来た。車がゆっくり止まると、家から内部メンバーが数名出てきて車に近づいた。

グレッグとガビは、信じられない光景にくぎ付けになった。それらの人々が偉大な男にかしづくように彼を車の後部座席からおっかなびっくり降りるのを手伝う様を見ていた。

カルロスの視力が衰えていることはわかっていた。彼らは拾ったゴミからインシュリンの注射器や処方箋を見つけていたからだ。

カルロスは痩せてか弱そうでボロ人形のように見えた。彼の皮膚は灰緑色で髪は短く、目の周りは黒いくまがあった。まるで抑留キャンプの収容者のように骨ばっていた。

歩くこともおぼつかず両側をChacmolに支えてもらい背中からBlue Scoutが押さえていた。

二人は顔を見合わせた。突然の悲しみが二人を襲った。カルロスが死にかけているのは明らかだった。

それは二人の愚行が終わることも意味していた。悲しみの淵にいながら、なにか異なるほろ苦い失望の味がした。もしカルロスがドン・ファンのように「第二の注意力」に旅発つ計画をしているのなら、急ぐべきだ。

あの様子ではあまり時間がない。

それから数週間、数か月、the Followersがカルロスを見ることはなかった。彼はセミナーにもワークショップにも姿を見せなかった。ダンススタジオで行われていたプライベートレッスンも中断された。

カルロスはもう映画にも食事にも外出することがなかった。

同時に、屋敷の活動も劇的に増えた。人々はシフトで一日に何度も出入りし医療品や食事を持ち込んだ。内部メンバーはみな新しい中型のフォードを購入した。新しい屋根が取り付けられ、細々とした修繕が行われた。

Followersには、彼らが物件を売りに出す準備を進めているように思えた。

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