2016年7月10日日曜日

超絶 儀式大会 (教え 3 ダツラの体験と煙の準備(4/5))

この第一巻目(『教え』)に著しい特徴だと思いますが、ドラッグの元となる原材料(サボテンだったり野草だったり)の採取、製造の儀式めいた手順が非常に細かく書いてあります。

たとえばダツラの根や茎を使った薬を作る過程について美に微に入り細に入り記録しています。
カルロスの血まで混ぜて作るその薬はまるで映画に出てくる西洋の魔女がるつぼで作る毒薬のようです。

盟友「煙」の材料のきざみ(smoke mixture)の用意の仕方も同様で、ダツラに比べると「煩くない」とはいうもののやたらと複雑そうです。(きざみの主たる材料は、例のキノコですが、他にも植物の葉だとかいろいろなものを混ぜるようです。

翌年、また薬に使えるように若枝を植える場所での作法はまるでお茶のお点前のようで様式美さえ感じさせます。

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(前略)それからにかわを埋めた所に立って、とがった針で若枝にちょっと触る。それから若枝のまわりを四回まわる。それも一回ごとに同じ所で止まってそれに触れるんだ。(後略)
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てな具合です。こんなの覚えられるでしょうか?
お坊さんのお経の手順やお茶のお点前みたいに年がら年中やるものならいざしらず、年に一度とかで・・・・。

それともドン・ファンは、いずれ使わなくなるものなので神秘的にみせればいいくらいの感じでテキトーな手順を教えたのでしょうか?

ところで、「また翌年使う」といっても、その間に、もし土地が開発されてしまい建物でも立ってしまったらどうなるのでしょうか?

それともメキシコの砂漠はずっとそのまま手つかずで保護されるのでしょうか?

あたしのこの疑問はこのシリーズ全体に及びます。
呪術師たちが「自分たちの場所」として使う「岩」や丘。体を清める川や灌漑用水路。
ヘナロが軽業をみせる「滝」。カルロスが決死の覚悟で飛び込む「深淵」など。

呪術師たちが見せてくれる仕業や神秘は豊かな当初、自然あってのもののように思えます。
後の巻になると頻繁に町中でも超常現象を起こすので大自然がマストではないようにも思えますが・・・

追記2017年4月21日)後の巻は、あたしの最終的な解釈では完全なフィクションなので上記のコメントは意味がありません。

プロトコロルまたはリチュアル(儀式)の細かさは、材料の扱いにとどまらず、「きざみ(煙」を吸うためのパイプの取り扱いもまるでパイプが感情を持っているかのような仰々しさです。

ドン・ファンは、このパイプをいずれカルロスに譲るといいますが、その後、彼はもらえたのでしょうか?

追記2017年4月7日)もらっていませんでした・・・。

実は、今このエントリーを打っている時点で、あたしは買い溜めてあった全巻をまだ読み終わっていません。

特に最後の『無限の本質』ではそれまで明らかにされていなかったことがが書いてあると聞いていますので非常に楽しみです。

たとえば、二人が最初に出会った町の名前(ノガレス)やドン・ファンを紹介してくれた友達の名前(ビル)なども明らかになります。

パイプの扱いをしくじったのでドン・ファンが怒ったのではと思って心配しているカルロスにドン・ファンが言います。

わしは誰に対しても怒りはせん!怒るほど本当に重要なことなど、誰にもできはせんのだ。人は他人の行ないが重要なもののときに腹を立てるのさ。わしはもう決してそんな風には感じはせんのだ

怒りはせん!・・・って怒ってるじゃないですか。
いらついたり舌打ちしたりするし。
・・・でも、そこがいいんじゃない?

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