2006年5月27日土曜日

老師たちとの時間

日本で、あらたな老師に習い始めてわかったのは、ジェーンが教えていた型は、套路(動き方)や、個別の型の名称、順序は同じであっても本質的には正しくない動きだということでした。

後に、顧留馨老師や傳鐘文老師(楊澄甫の弟子)による本物の楊式太極拳を見ることができたので、あたしたちが習っている型については正しい動きである(生徒たちは、もちろん正しくはないのですが、ゴールは本物だという意味(笑))ことがわかりました。

とにかく、半可通の自分ですが、こうした著名な老師たちの太極拳を直に習った経験は何事にも勝る・・なんだろう?思い出といっては見も蓋もないですが。
自慢話のネタでしょうか。理由はどうであれ、老師たちとの時間はとにかく強烈なインパクトでした。

陳家構(陳式太極拳発祥の地)も訪れて、四天王といわれた若手の老師たちの指導を受けたことも貴重な経験です。

毎日、陳小旺から直接、ほんの数人で習ったなんて夢のような時間です。今でも拳を打ち出すときに陳小旺老師の顔の表面がぐにゃ~~となる様子が目に浮かびます。人間の身体があんなに波打つなんて!
また、王西安。老師というよりは兄貴という印象ですが、豹のような猫科の猛獣の足運びを思わせました。足先が遠くまで進むのですが、何か危険を察すると、すっと戻るような。とにかくイカしていました。

済南に陳発科最期の弟子、洪均生老師の下も訪れました。

ホテルの広間を借りて練習をするのですが、お年だけに歩くのもよちよちとした感じの老師がいったん太極拳の立ち姿になると、ピシっときまる。

休憩時間。お弟子さんと老師が推手をはじめました。ぼんやりみていると、老師が弟子に一声なにかかけました。(たぶん、「力を入れろ!」と言ったのだと思います)

そのとたん、パシっという音がしてフットボール選手のような身体の弟子がはじけとびました。「とんだ」というよりも、弟子が推した力そのまま自分に戻ってきてはじけたという印象です。

この、はじけとぶ感じ、陳家構の朱天才老師にも直接やってもらったことがありますが手加減したのか、当方がまるでへなちょこなのか、ただよろよろと部屋の外に押し出されたような感じでした。

ということで自分が「飛ばされた」わけではないのであくまでもイメージですが、これに近い体験をしたことがあります。
合気道(「養神館」です)の使い手に「入り身 投げ」をかけられたときにそっくりで、想像を絶する力で地面につぶれおちたような感じでした。息ができないくらいの衝撃でしたが、嬉しい。マゾか?

洪均生老師たちと夜、餃子パーティーをしたおり、仲間が先生に尋ねました。
「太極拳で一番大切なポイントはなんでしょうか?」
「それは。時間と方向だ。」
老師の応えは通訳がしているので時間といっているが、タイミングのことを意味したのだと思います。

練習に使うホテルの広間は授業が終わると現状復帰をします。たたんであったカーペットを元の位置に戻すのです。
あたしと仲間が廊下のカーペットを直そうとしたとき、老師が端っこに立っていることに気が付きませんでした。
ひょいっとひっぱったとたん、老師がこけました。
後にも先にも陳発科、最後の弟子をこかした日本人はあたしたちぐらいなものでしょう。
自慢にも何にもなりませんな。







 ←洪均生老師。ステキ!!
  この大先生をだましうちした罰あたりなあたしら


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